第1回オープンバッジ大賞 受賞記念セミナー
「旭化成グループのデジタル人材育成」

旭化成株式会社
デジタル共創本部 DX経営推進センター デジタルタレント戦略室
室長 秋本みつ氏(写真左から3人目)
シニアマネージャー 柿本茂文氏(写真右から2人目)
一般財団法人オープンバッジ・ネットワークは、オープンバッジの発行・活用に先進的に取り組む企業・団体を表彰する「オープンバッジ大賞」を2023年度に創設しました。第1回は18件の応募があり、旭化成株式会社が大賞に輝きました。
12月に開催された受賞記念講演では、旭化成株式会社デジタル共創本部 DX経営推進センター デジタルタレント戦略室室長の秋本みつ氏、シニアマネージャーの柿本茂文氏に「旭化成DX Open Badgeプログラム」の取り組みをご紹介いただきました。
中期経営計画とデジタル人材育成
旭化成グループは、事業持株会社である旭化成と、7つの事業会社を中核に、「マテリアル」「住宅」「ヘルスケア」の3領域で事業を展開している総合化学メーカーです。
デジタル共創本部は、全社のDXを推進する組織として2021年に設立され、旭化成グループ全体のDXを進めています。その中でデジタル人材育成については、デジタル共創本部内にあるDX経営推進センターが担当しています。
中期経営計画では、事業ポートフォリオを転換し、挑戦的な投資とキャッシュ創出の双方を実現することを目指しています。事業ポートフォリオの進化を加速する手段としてデジタルを活用した変革が重要だと考え、中期経営計画とリンクした形でデジタル改革のロードマップも策定しました。2016年からの「デジタル導入期」、2020年からの「デジタル展開期」を経て、2022年からは「デジタル創造期」と呼ぶ時期に入りました。導入期には研究開発分野や製造現場でのスマートファクトリー化など組織ごとにDXを進めてきましたが、展開期には全社的にDXを進めました。現在の創造期は、DXによる経営革新を実現する時期と位置づけています。
そのための3つの柱として、デジタル基盤強化、経営の高度化、ビジネス変革を掲げています。そして、デジタル基盤強化の大きな要素が人材育成だと考えています。

デジタル変革を成功させるためには「人」「データ」「組織風土」の3つが重要ととらえています。特に人が変わると組織風土も変わるため、人材育成は重要です。そのため、中期経営計画でもデジタルプロ人材を2021年比で10倍、つまりグループ全体で少なくとも2500人にする、加えてデジタルデータ活用量も10倍にするというKPIを掲げています。
それに加え、全社員を対象にしたデジタル活用人材の育成も進めています。まずは、全てのメンバーが一定程度以上のデジタル分野の知識をもったデジタル活用人材となり、DXによってそれぞれの事業や自身の働き方、業務の進め方を変えていくというマインドをもっている状態をつくり出したいと考えています。
さらにその組織を、高いスキルをもつデジタルプロ人材がリードすることによって、組織の全員で業務も事業も変革していくことを目指しています。
こうした人材育成を進めるために導入しているのが、「旭化成DX Open Badgeプログラム」です。社員はそれぞれレベル1~5に分かれたデジタル分野の講座を受け、まずは全員がレベル3に到達してデジタル活用人材となることを期待しています。レベル4、5に達すると、デジタルプロ人材として各組織でのデジタル改革をリードする立場になります。

「旭化成DX Open Badgeプログラム」の取り組み
「旭化成DX Open Badgeプログラム」は2021年6月に始まりました。当初はレベル1からスタートし、2021年末にレベル2、2022年春にレベル3と、段階的にデジタル活用人材を育成するためのプログラムを拡充してきました。2023年にレベル4、5のプログラムを作り、デジタルプロ人材を育成しているところです。

レベル1は「IT入門」「AI入門」など入門レベルを5講座、レベル2は「データサイエンス」「工場のIoT」など8講座の基礎的な内容。レベル3はデジタル活用人材を育成するプログラムで、全社員が必ず1コースは受講するよう呼びかけています。「Python」「デジタルマーケティング」など11コースが並び、自身の仕事に必要なコースを自己研鑽の一環として受講してもらっています。
レベル4、5は自己研鑽としてではなく、業務と強い関係を持っている分野を仕事の一環として学習する「業務密着型」として展開しています。
「旭化成DX Open Badgeプログラム」は、職種も学歴も職歴も関係なく全社員がスキルを身につけられる大きなチャンスであり、このプログラムを進めるための重要な仕組みがオープンバッジの活用です。レベル1~3では主にテストに合格することで、バッジが付与されます。レベル3では9コースを修了すると「9 Mastered」のバッジも付与されるので、社員のモチベーションも上がっています。レベル4、5では、社内の専門家が講座内の実習や資格取得、経験なども評価した上でバッジを付与しています。社員がバッジをいくつか獲得し、社内外にアピールする中で達成感を得られたり、他の分野にも興味をもったりするという効果を感じています。
2021年のプログラム開始当時は、「IT入門」「AI入門」など4つの講座しかありませんでしたが、まずは実施してみて、社員の要望も聞きながら「生成AI」など新たな講座を加えたり、教材を修正したりと段階的に改良を続け、現在のプログラムができました。これからもプログラム内の講座は更新していく予定です。
プログラムを実行する中で、社内からデジタル用語が難しいという声も上がったため、デジタル用語の説明をまとめた簡単な辞典も作りました。社長による全社員向けのメッセージを公開したり、おすすめの教材を紹介したりと、受講のモチベーションを高める仕掛けにも力を入れています。
個人にパソコンが与えられていないなどの理由で受講が難しい社員にもプログラムを受けてもらうことも重要でした。工場の休転日を利用して集合型の研修を実施したり、レベル3の講座で学んだことを生かして業務を効率化できた事例を募集して公開するなどしたり、工夫を重ねてきました。デジタル変革には社内全体の風土醸成が不可欠で、デジタル共創本部と現場が一体となったデジタル活用人材の育成を目指しています。
デジタル人材育成の成果や社内の変化
デジタルプロ人材は、タレントマネジメントシステムに掲載し全社に公開していますので、活躍の場が広がることを期待しています。 当社はさまざまな事業を展開していて、事業ごとに関係の深いデジタル領域があるため、それぞれのプロ人材を把握し可視化する仕組みも準備中です。
すでに、各事業でMI(マテリアルズ・インフォマティクス、AIなどを活用した材料開発を効率化する)の人材が中心になってMIコミュニティを設立し、それぞれの組織内でMIの人材育成を進めるといった動きもあり、育成の加速を心強く思っています。
また、社内のDXコミュニティ活動も盛んになっています。データ分析・統計解析を活用する人材が交流するオンラインコミュニティや、MI学習・実践のプラットフォームもでき、こうした社内のDXコミュニティへのアクセスは約半年間で4倍になりました。オフィスには「CoCoCAFE」というデジタル共創空間も設け、デジタル変革に向けたディスカッションをできる場所として活用しています。
今後の展開
今後は、デジタル活用人材やデジタルプロ人材の育成をさらに進めていきます。そのため、社員が自ら学習して段階的にスキルを身につけられるよう、業務と関係のある施策を拡充します。
「旭化成DX Open Badgeプログラム」の取り組みを通じて目指す3つの柱は、1.デジタル活用人材の育成、2.デジタルプロ人材の育成、そして 3.自社の枠を超えたデジタル人材育成です。
1.デジタル活用人材の育成は、デジタル分野をまだ学習していない社員へのアプローチを続けるだけでなく、レベル3まで到達した社員の学びを終わらせず、業務への活用を促す仕組みが必要になってきます。
2.デジタルプロ人材の育成は、人事制度をさらにブラッシュアップしていくことがカギになると考えています。プログラムと関係づけたスキルマップの作成や可視化も必要で、取得したバッジを社内外に公開する取り組みもさらに進めます。こうした動きによって、社員がさらに高いレベルで学ぶ意欲を高め、会社全体にイノベーションの文化が育まれていくことを期待しています。
3.自社の枠を超えたデジタル人材育成は、次世代のデジタル教育の支援、他の企業や団体とも連携したデジタル人材育成を進めていきます。
自社の枠を超えたデジタル人材育成の例としては、当社の創業地、宮崎県延岡市の延岡工業高校への講座提供が挙げられます。同校で「旭化成DX Open Badgeプログラム」のレベル1の講座を実施し、テストに合格した生徒さんにバッジを発行しています。2023年5月には当社や宮崎大学などでつくる「宮崎県デジタル人財育成コンソーシアム」も設立され、地域のデジタル人材育成に貢献しています。このような活動を重ねていく中で、デジタル人材教育がさらに発展していくことを期待しています。
当社は「DX Vision2030」のなかで「デジタルの力で境界を越えてつながり、“すこやかなくらし” と “笑顔のあふれる地球の未来” を共に創ります」と掲げています。大変な道のりでもありますが、一つ一つの取り組みを着実に進めていきます。
質疑応答より―「オープンバッジで、全員がステップアップできる」
Q)オープンバッジの仕組みと運用方法を教えてください。
A)オープンバッジを導入するための特別なシステムの構築は行いませんでした。もともと全社で展開していたeラーニングのLMS(学習管理システム)に作成したコンテンツをのせて、定期的に学習状況を把握して、1カ月に1回ほどのペースで一般財団法人オープンバッジ・ネットワークから提供されるシステムを通じてバッジを発行しています。そんなに負荷は大きくないです。バッジの画像は、デザイン会社に委託して作成しました。
コンテンツは自作が中心で、コースにより社内でやっていた研修や外部の教材なども組み合わせて作成しました。業務として事業の現場でDXを推進している担当者を含めて100名くらいが関わって作成しており、業務に密着した項目を入れているのが特長です。
Q)プログラムの開始や、オープンバッジの導入について、社内の反応はいかがでしたか。
A)私はプログラムが始まった時はデジタル共創本部とは別の部署におり、一社員としてプログラムの開始を知りました。それまでもさまざまな研修はありましたが、全社員が同じ研修プログラムを同時に受講し始めるということは珍しく、オープンバッジが付与されることも含め、新しいことが始まったというインパクトがありました。職種や学歴は関係なく、全員がステップアップしていけるというメッセージ性は大きかったと思います。バッジの公開は個人の意思に任せています。
Q)デジタル人材育成にあたって人数目標を掲げましたが、達成に向けてどんなことを心がけましたか。
A)人材育成は、すぐには結果に直結しないこともあります。時間もかかりますし、数字を達成したらすぐに何かが変わるわけではないかもしれません。だからこそ、プロセスや途中段階に着目することも大事だと思っています。例えば、受講生の満足度や、身につけた知識の活用の状況などを見ることも心がけています。